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広末涼子の大冒険 第2話


                 原作:ジュニア小説家野田ひとみ

「広末涼子様」と書かれたドアを開けて、涼子は楽屋に入った。
「あら、けっこう広いじゃん。まあまあってとこね。こないだのスーパージ
ョッキーの時はひどかったからなー。部屋の並びが蛭子能収様、松村邦洋様、
広末涼子様、ダチョウ倶楽部様だったもんなあ。ひどいよなあ。もう廊下が
酒くさくて酒くさくて。本番前からできあがっちゃってて、全裸で走りまわ
るしさあ。ま、あたしも別に酒やチンポコ嫌いなワケじゃないんだけどさ。
あはは」
 そう一人ごちながら、楽屋に入って3本目のピースをふかす涼子。
「あたしゃアイドルなんだから、たけし並とはいかないまでも、せめて飯島
とかの隣にセットしろっての。山田まりやとか辺見えみりがもっといい楽屋
使ってたらムカツクよなー。いや、それよりも佐藤藍子だな。アイツが何の
断わりもなくデカい面してるのが腹立つよなー。あ、この灰皿いいじゃん。
もらってこ」
 気がつくと涼子は部屋にある物を物色していた。
「あ、そういえばうちの蛍光灯の電球きれてたんだ。この間接照明のサイズ
合うかな? よっと、よっ、あれ、固いぞ、よし取れた。ギャーッ!」
ドッシーン。足を滑らせてしたたか頭を打ち付けた涼子であった。ドアをノ
ックする音が聞こえる。
「すみませーん広末さーん、もうすぐリハーサルでーす。広末さーん」
「わ、わかってるわよー! 今行くから! ちょっと待ってて! いてて…」
 頭をさすりながら出てきた涼子に、マネージャーが無神経な一言をかけた。
「あれ? どうしたんですか? 頭押さえて。天井からナベでも落ちてきま
したか? いっつも人の頭殴ってばかりいるから…」
 ボカッ!

 スタジオに入った涼子は、ディレクターから一通りの説明を受けた。
「広末さんの出番は、2曲目の第9位です。曲目は以前お伝えしましたね。
モト冬樹さんとグッチ祐三さんを従えて歌ってください。前の模造紙に歌詞
は書いてありますから」
 その片隅では、三宅裕司と中山秀征が台本を見ながらはじけないトークを
している。何人かのADが、合間合間に笑い声をかぶせる。そこに粘着質な
自信を満面に浮かべた赤坂康彦が、大きなマイクをまるで珍獣を御すムチの
ように扱いながら、この番組を仕切っているのはオレだオレが一番偉いんだ
君たちみたいにただそこにいるだけしか能がない無能なタレントとは違うん
だよわかったらオレ様の言うことを素直に聞こうねヒアウイゴーとでも言い
たげにずずっと割り込んでくる。
「ちんたら盛り上がっていてもカットイン! さあ今週の第9位はEver
y Little Thingの『Time Goes By』。この曲を
歌いたいがためにわざわざヒッパレにやってきてくれました広末涼子ちゃん
ヒアウイゴー!」
 ちょ、ちょっと! だれがわざわざよ! しかたなく出てやったのよ!
なんでこんな耳障りがいいだけの歌を歌わなきゃいけないのよ! ったく、
あーもう、ニヤニヤすんじゃないわよモト冬樹! と心で思いながらも、
無難に歌いあげる涼子であった。
「じゃ、本番もそんな感じでよろしくお願いしまーす」
 本番まであと2時間。少しでも休んでおきたいと、涼子は楽屋へ急いだが、
廊下を曲がった瞬間、待ち伏せていたかのようにモト冬樹が声をかけてきた。
「やあ涼子ちゃん、今、ヒマ?」
「あ、す、すみません、今、ちょっと…」
 思わずぶっきらぼうに答えてしまい、しまったと思う涼子。しかし鈍い冬
樹はそんな涼子の顔色など感じるわけもない。
「もしヒマだったらさ、ギターでも教えてあげようか? 楽しいぜー、俺が」
「…すみません、急いでますので」
 相手にするだけばかばかしいと悟った涼子はすぐに立ち去ろうとしたが、
冬樹はしつこくくいさがってきた。
「まあそう言わずにさ、今のうちにギター練習してさ、篠原ともえちゃんを
驚かしてやんなよ。仲いいんだろ? 今度『LOVE LOVE 愛してる』
出たときにでもさ」
「でも…」
「時間取らせないからさ、ちょっとだけ、ちょっと」
「えー? じゃ、ちょっとだけですよー」
 冬樹の執拗な誘いに負け、ついていったのは涼子の楽屋のあるフロアから
1階下のフロアだった。そこにはレギュラー出演者用の楽屋がある。三宅裕
司様、中山秀征様、マルシア様、グッチ祐三様、モト冬樹様、SPEED様
、MAX様…。
「さあ、楽屋に入って入って」
 冬樹は涼子の腰に手を回してきた。えっと思った瞬間、冬樹は薄笑いを浮
かべている。
「えっ! ちょ、ちょっとどういうことですか! さっき、何もしないって
言ったじゃないですか!」
 言うが早いか、涼子は廊下に置いてある観葉植物で冬樹の頭をメッタ打ち
にしていた。淋しい頭髪の間から、鮮血がほとばしる。
「ま、待って、待ってくれ、ち、違うって!」
「何が違うんだよこのエロおやじ!!!!」
「ひ、人の話を聞けって!」
「うるさーい!!!!!」
 ボカッ、ガスッ、ゲシッ!
「た、た、助けてくれ、誰かー!」
「テメーもウガンダみたいなボコボコの顔面にしてやる!」
 ところへ、角のむこうから何人かの女の声がしてきた。そのにぎやかさか
からいってSPEEDらしい。MAXは今回はスポンサーの接待に呼ばれて
ていないということだ。慌てて涼子は虫の息の冬樹を引きずり、冬樹の楽屋
に隠れた。しばらく息を殺していると、隣の部屋からSPEEDの声が聞こ
えてくる。
「ねえねえ見て見てー! このビンテージ物のジーンズ買っちゃったんだー。
18万よ18万!」と島袋。
「へー、すごーい。あたしもねー、これとこれとこれ、エルメスのスカーフ
3本セットで買っちゃったんだー。限定物でね、15万円!」と今井。
「あたしなんかねー、このケリーバッグだもん。30万よ」と新垣。
 壁の向こうで聞き耳を立てていた涼子は、だんだん胸クソが悪くなってい
った。
「何だよコイツら! ヤなガキだなー! ったく」
 すると一人、上原だけが弱々しい声で、
「…みんなー、無駄遣いはよくないよ…」と他の3人に言っている。
 それを聞いた3人は、さも憎々しげに、
「ふんっ、あたし達は誰かさんと違って、プレゼントでもらえないもんね」
「そうそう、誰かさんは一人だけ『ハッピーバースデー』で山ほどプレゼン
トもらってさ、いい身分よね」
「あたし達貧乏人だから、自分の物は自分で買うしかないのよねー」
「そ、そんなあー…。あたしはたまたま1月生まれだったから…。あ、でも
寛子ちゃんに絵理子ちゃんは4月生まれだからさ、呼んでもらえるよ」
「ハッピーバースデー」とは、フジテレビの「ごっつええ感じ」の後番組で、
その月に生まれた芸能人を2人呼び、接待しまくりプレゼントあげまくりと
いう、出演するほうはおいしくてたまらないが見てるほうは何だかわからな
いという番組である。3月いっぱいで終わるだろうと思いきや、4月以降も
続くことになった。
「何言ってんの。4月は4回ある日曜日のうちの、半分は特番じゃない。た
った2回しかないのよ」
「4月生まれの芸能人っていっぱいいるのよ。和田アキ子やら西城秀樹やら
加山雄三やら。その中の4人枠にあたし達が入るとでも思ってんの?」
「あたしなんかさあ、誕生日9月よ。それまで『ハッピーバースデー』続い
てないわよねえー」
「そ、そんなふうに言わなくても…」
「もうこれからはさ、あたし達一人と3人だから。あたし達WITHだから」
「先輩見習ってさ。安室奈美恵WITHスーパーモンキーズみたいにさ、上
原多香子WITHスピードだから」
「じゃ将来、多香子ちゃんDA PUMPのだれかと結婚すんだね」
「お似合いよね」
「ホントホント」
「あはははは」
「………うえーん……」
「ちっ、おいおいまた泣き出したよ」
「あーあ、めんどくせーな」
「ほんと、本番はこれからだってのによ」
 ドキドキしながらSPEEDのイジメぶりを聞いていた涼子は、ふっと時
計に目をやった。まずい、もう本番まで10分しかない、急いで帰んなくち
ゃ。
 廊下に出ると、SPEEDの4人もドアを開けて勢いよく出てきた。みん
なかわいいなあ。さっきまで一人を言葉嬲りしていた女の子とはとても思え
ないぞ。
「あ、広末さん、おはようございまーす!」
「おはようございまーす!」
「今日はよろしくお願いしまーす!」
「…ど、どうも、よろしく…」
 上原だけ元気がない。まああんな後だから当然といえば当然だけど。
「うん、こちらこそよろしくねー」
 と一通りの挨拶をして、その場は別れたが、本番中、涼子はずっと上原の
ことが気になって、上の空であった。もっとも、出演者一同、収録を終えた
あとの六本木の打ち上げのことしか考えてないので、涼子一人が上の空だっ
たわけではないのだが。
「お疲れさまでーす!」
 スタジオにディレクターの声が響き渡る。ロビーで人目を盗んで一服する
涼子。
「ふうー、ようやく終わったよ。あー疲れた。もうこんな番組、2度と出る
もんか。収録はつまらない、レギュラーのトークも上すべり、おまけに楽屋
は殺伐ときたもんだ。おい、ジャーマネ、帰るぞ! おい、どこ行った?
…しょーがねーな、もう少し休んでいるか」
「あのー…、広末さん…」
 背後で急に声がし、慌てて煙草の灰を消す涼子。
「あち、あち! あ、いや、これは、あの、煙草吸ってたわけじゃなくて、
あの、うちのバカマネ、いや、マネージャーさんの煙草を、えと、えと…、
あれ? 多香子ちゃん? どうしたの?」
 そこには目を真っ赤にし、今にも泣き出しそうにぷるぷる震えている上原
の姿があった。
「あ、あの…。お、お話しが…」
                               つづく

(初出:広末涼子の大冒険)



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