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『家はあれども帰るを得ず』 関川夏央(文春文庫・1998年)
- 虚構を含めた身辺雑記、評伝その他短文集。
- ストーブで暖まりながら移ろう車窓を愉しみ静かな時を過ごせる「車掌車」こそが理想の書斎である、と幼い息子に説いた父親の話など、いまは亡き「昭和」の匂いが行間から立ち上ってくる。
- 昭和生まれの端くれとしては、「むかし大掃除というものがあった」という巻頭の短文のタイトルからして共感を覚えてしまう。
- 「逃げるための読書」という短文もまことに我が意を得たり、の感がある。私にとっては、現実逃避のための手段として、読書ほど手軽で効果が大きいものもちょっとないのだ。いや、私に限らず、読書が好きな人なら誰でもそうなんだろうな。
『誰か「戦前」を知らないか』 山本夏彦(文春新書・1999年)
- 戦後の民主教育を受けた我々にとっては、「戦前」「戦中」というのは暗黒の時代であるかのように思われていた。食べ物がない、文化がない、何もない時代であったかのように教えられてきたのである。少なくとも高校生くらいまでの私はそう信じていた。
- しかし、色々な本を読むにつれ、そうでもないらしいぞ、と思われてきた。大学生の頃から戦前・戦中の東京の街の写真集とか、庶民史みたいなものを読むようになり、ぼんやり当時ならではの豊かさ、清々しさが分かってきたのだ。この本もまさにそんな戦前を教えてくれるもの。著者が主宰している出版社の20代の女子社員との対談形式で、笑いの中にも我々が戦後の見せかけの豊かさの中で失ったものの価値がしみじみ伝わってくる。
『帝都復興せり!』 松葉一清(朝日文庫・1997年)
- 1935(昭和10)年に刊行された『建築の東京』という写真集を下敷きにしながら、かつての東京の街を形作っていた名建築たちを紹介している。
- 掲載されている物件の数は夥しく、辰野金吾の東京駅やライトの帝国ホテルといった有名どころから、果てはバスの車庫やガソリンスタンドまで幅広く網羅している。
- 見ているだけで楽しくなってくるこんな貴重な資料が、文庫本で手軽に入手できるのだから、図書館や古本屋だけではなく、定期的に新刊書店もチェックしなきゃ、とつくづく思わされた次第。
『おかしな男 渥美清』 小林信彦(新潮社・2000年)
- 人間不信、ガラの悪さ、気難しさ、エキセントリックな着想ぶり・・・。『寅さん』として古き芳き善人のイメージが定着したまま死んで行った名優の、実像というか、「おかしな男」ぶり、換言すれば、通常人とはずれた奇妙な味のパーソナリティを描き切った秀作。
- 若い頃に片肺を切除し、終生不完全な体調のままであったことから、他人を寄せ付けないある種の不機嫌さが定着してしまったこともあり、ともかく役柄とは逆に「朗らかさ」とか「あったかさ」と遠い位置に在り続けた人であったということが改めてよく分かる。それだけ、俳優としての仕事の見事さが浮き彫りにもなっている。
- 『寅さん』自体は平成の世になっても撮影し続けられたが、その頃の渥美清は病魔に蝕まれつつあり、スクリーンでの姿も痛々しい。やはり「男はつらいよ」は「昭和」の名画であり、渥美清は「昭和」の名優であったのだとしみじみ思う。
『8時だョ!全員集合伝説』 居作昌果(双葉文庫・2001年)
- 昭和44年から昭和60年まで、最高視聴率50.5%を誇る怪物番組が土曜の夜に君臨していた。その番組のプロデューサーが明かす舞台裏の数々。
- 我々の世代が書店でふと手にとって、「懐かしいなあ〜」とばかりに買って帰って、ドリフの世界にどっぷり浸る・・・ドリフ万歳!!というような本では、実はないのであった。一寸考えてみれば、プロデューサーという名のサラリーマンと、コメディアンという名の個人事業主とでは、同じ一つの番組を作っていてもどうしたって立場が違うし、思いもズレるわけで、そこら辺の相剋っていうんですか、ギクシャクしちゃうんだろう。そういう「行き違い」とか「すれ違い」とかが、大仰に書いてある。しかし、我々読者にとっては、この作者たる元プロデューサーがTBSとナベプロの間に挟まれてどう苦しんだかとか、ドリフに見切りを付けるときの桎梏とどう闘ったかとかってのは、凡そどうでもいいことだ。しかし、作者にはそれが「書いておくべきテーマ」なのであろう。その辺のギャップがあって、あんまり読後感のいい本じゃないのである。
- でも、当時のセットの写真とか図面とかが何点か挿入されており、「お、このセット、テレビで実際に見た奴じゃないか・・・」とか思いながら眺める限りは、楽しいひとときが過ごせた。
『東京アンダーワールド』 ロバート・ホワイティング[松井みどり訳](角川書店・2000年)
- 昭和20年、米軍下士官として来日し、平成4年に没するまでの、六本木のイタリア系アメリカ人ピザ店主の生涯を軸に、日米政界と地下経済の癒着、力道山と彼が利用し利用された朝鮮人脈の暗躍などを活写。
- 終戦直後、餓えと貧困に乾ききった日本経済を牛耳り、後々まで食い荒らしたアメリカ人達が、やがて知力と腕力をつけてきた日本人達に逆に利用され、徐々に退出を余儀なくされていくさまを、この店主の姿に表象させつつ描いている。
45年におよぶ日本暮らしのすえに、ニックの身に降りかかった不幸は、日本との関係におけるアメリカ合衆国の命運を、まさに象徴していたといえる。
- ま、平成4年までの話だから、確かにそうなんでしょうが、本書の出版時点でいうと、日米の命運は再逆転しちゃってる感じがあるよなあ。最近の日本経済は再びアメリカに食い荒らされてるとしか言いようがないもんね。アメリカ勢力の侵食は、経済の表舞台だけではなく、裏舞台のいわばアンダーワールドでも、不良債権回収業とかで起こっていることだし。
- もう一寸、出版時期が早かったら・・・と思ってしまったが、この情報量だし、無理な相談なんだろうな。
- なお、筆者は情報源や出典を巻末に明示しており、その量たるや凄まじいものがあるのだが、「週刊現代」ならまだしも、「週刊大衆」や「アサヒ芸能」とかまで使っちゃってるんだよなあ。なんか眉唾っぽい話が混在していて気にはなっていたんだが・・・。やくざ絡みの話はその手の週刊誌が詳しいのは判るんだけどね。ま、このピザ店主が語る「体験談」自体が相当眉唾っぽいわけで、そういういかがわしさそのものが時代の空気であり、それら一切合切を作品に封じ込めた、ってことでいいんでしょう。